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人種は平等ではない、というよりは同質ではない。これは差別でもなんでもない当たり前のことで日本のカブトムシがヘラクレスオオカブトムシ とは同じではないということと変わりはない。しかし不思議なことにこのことを無視するかのようにすべての人種を同じ土俵で競わせるものがあるのだが。 日本女性の胸が大きくなっても欧米人や黒人とは同じレベルになることはおそらくなく、それは全世界で混血が進んで遺伝子が均一化でも してしまわない限りは続くであろう。だから昔私たちが若いころ外人グラビアのおっぱいを見て抱いた思いと今の若い人が同じように外人の 巨大なおっぱいグラビアを見て思うことはもしかしてさほどは異ならないのかもしれない。
まだ「青木りん」さんとなる以前、東京女事務所に出た直後にページにとりあげたところ、りんさんご本人が 掲示板に書き込みをしてくださったことがあり、そのときはうれしかったな。 あれからいろいろな経緯を経てりんさんは 遠い存在になってしまいました。でもりんさん、豊乳in My Lifeはずっとあなたのことを応援していましたよ。
若き日の春川さんなどは今で言うところの樽ドルの元祖とでも言えるであろうか。 後にトラック野郎シリーズで 巨乳奥さんとなってからの画像をすでに掲載したが今回は登場したころの初々しい姿をどうぞ。
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私の思い出に特に残っているこの二人。まだ巨乳などという言葉はなかったころである。 グラビアやビデオの中の女神たちだけに恋こがれてずっと歳をとれたら幸せであったのかなあ。いやそれではとんでもない気持ち 悪い野郎になるかもね、おっぱいへの欲望が現実の欲望となって苦しんだ時期も自分に何かしらプラスであったのかもしれないと思うようにしよう。
Kみなみさん、ですよねおそらく。まだ1960年代の雑誌ではモデル名も記載されていないことが多く不明確な ことが多いのであるがこのおっぱいは当時としては稀少であった。これもまた私の数少ないお宝写真の一つです。
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初めて自分が感じた外国人グラビアが何であったのか、今になるとどうしても思い出すことはできない。しかし サンドラジュリアンとかクリスティーナリンドバーグやらという名前を覚えているような人はもうかなり後のことで おそらくは雑木林に捨てられていた雑誌の中の写真に違いない。
なんということのない写真なのだが妙にそのおっぱいを気に入るものがある。そのたびに自分はことさら巨乳 フェチではないのではなかろうかという疑問がわいた。しかしそれはまたすぐに打ち消されてしまうのではあるが、 大きなおっぱいが好きということはそうでないおっぱいも嫌いではないということを併せ持っているのでは ないだろうか。
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よく官公庁などにいくと巨乳な女性が思いのほか多いことに驚かされるが堅い仕事場で見る巨乳くらい悶々とする ものはない、知的雰囲気と大きなおっぱいの組み合わせこそはフェチの想像力を最もかきたてるものである。
これもう、、、なんなんだこのすごさは。なんでもっとフェチの間で話題にならないのだ、あたくしならもうすぐにグラビアになって くれるよう足しげくお参りしたいところですが。
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水着でKiss meという番組を覚えていらっしゃいますか。あたくし好きだったんですよ、まだB21スペシャルの3人も若くて すごい体当たり芸でした。 いくらか録画したものが残っている中から長谷川さんを載せておきましょう。
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ついにMY巨乳史外伝も最後の一人となってしまいました。これもある程度年齢のいった巨乳マニアの皆様はよくご存知の名前であると 思いますが、山本晋也監督作品「痴漢女湯騒動」に出演し当時マニアの間でひそかに話題になった月山友美さんをあげて幕といたします。 私の記憶に刻まれた数限りないおっぱい、果たして今際の際に現れる胸はだれのものなんだろうなあ、ご報告できないのがとても残念です。
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